バスケットボールの勉強法〜経験談〜

みなさん、こんにちは。

今回はちょっぴり番外編。。。

実は自分自身、大学の時に別に意識してではないんですが、こんなことをしていました。

デューク大学、ユタ大学、プリンストン大学の試合がテレビで放映される場合は全て録画して繰り返し観る。。。

デューク大学は現在アシスタントをしているスティーブ・オージョーハウスキーという選手が、自分と同じ身長でディビジョンIの名門でプレイしていたので、大好きでずっと追いかけていました。彼が卒業後も自然とデューク大学を追いかけるようになりました。

ユタ大学は、白人選手が中心なんですが、とにかくタフで力強く、よく訓練されたチームだったので、日本のチームの良いお手本となると思い、ずっとおいかけていました。

プリンストン大学は、ユタ大学とは違い、タフではないのですが、華奢な選手がマッチアップゾーンと、今は日本でも有名になってきている”プリンストン・オフェンス”を駆使して、強豪校と対等に戦っている姿をみて、これまた日本のお手本になるのではないか、と、そんな気がして、ずっと追いかけていました。

デューク大学はほぼ全ての試合がテレビで放映されますが、ユタやプリンストンは年間、2〜3回が精一杯で、なかなか情報量としては少なかったんです。でもネットでそのチームのコーチや選手のインタビューを片っ端から読んだり、コーチが出版したら本を読んだり、とにかく集めれるだけの情報を集めてたんです。(ま、ただのオタクなんですが(笑))

マーフィーの法則とか、数年前に流行った”シークレット”っていう本の話ではないですが、撮ったビデオは何度も何度も試合の展開を暗記するまで見返したし、とにかくこの3チームを追いかけ続けてました。

卒業後、三菱電機メルコドルフィンズ(当時:現ダイヤモンドドルフィンズ)に就職が決まりました。自分の経歴や実力を考えても、JBLで働かせてもらえること自体、本当にありがたいことだったのですが、でも正直、第一志望ではなかったんです。

ところがそこではアントニオ・ラング(現ヘッドコーチ)というデューク大学出身の選手がいて、ケン・シールズというユタ大学のヘッドコーチ(当時)だったリック・マジェラスの親友のコーチがアドバイザーとして、関わっていました。

自分が追いかけてきた3チーム中、2チームに強力なコネクションが出来たんです。結果として、普通では考えられないシーズンの真っ最中にコーチ留学して、アシスタントコーチの横でつぶさにシーズン中のコーチの仕事やスカウティングを生で学べる機会を頂きました。

他のJBL7チームではこの2チームにこれだけ強力なコネクションは出来なかったと思うんです。

根拠は無いんですが、想いって通じたり、具現化するってことあると思うんです。

2003年にコーチ留学してから8年が経とうとしていますが、あの時学んだアシスタントコーチの仕事量、仕事の質、コーチングの温度、バスケットボールに向かう真摯な姿は今でも自分の目標となっていますし、自分の原点でもあります。

日本で尊敬するコーチも、昔の能代工業の試合とかを満員の会場で後ろで観ていて、加藤廣志先生を遠目で観ていた人がいます。直接お話するのはおこがましい、ととにかく試合やその前後の素振りを観て、学ぼうとしていたそうです。結局チームを強くして、直接お話したり、その方のバスケットボールを認め、励ますようなお手紙をもらうような関係になったと聞きました。

直接聞く、っていう方法は一番です。

そういう勇気も持って欲しい。

ただ、繰り返し記してきたように、聞かなくても自分で考えたり、少しでも”盗もう”という目で観察をするって、やっぱり大切だと思うんです。その先にそうした”縁”が生まれたり、幸運が舞い込んだりするのかな、と。。。

根拠は無いんですけどね(笑)。。。

徒弟制度では無いですが、師の背中を観て、感じて、盗む。。。

そういえば、日立の小野秀二ヘッドコーチに言われたことがあります。

そういう”力”と身につけることが大切だと。

何でもかんでも聞いていては”プロ(職人)”では無いのだよ、と。。。

きっとそんなことを教えてくれていたのだと思います。。。

と、若干いろいろな話が混ざってしまいましたが、自分の経験談でした。。。

この記事を書いた人

東頭 俊典

東頭 俊典

バスケットボールコーチ。 北海道出身。
現在はアースフレンズ東京Zヘッドコーチ