知識の処理

みなさん、こんにちは。

いつもありがとうございます。

先日書いた羽生善治さんの「大局観」に書かれていて”なるほどなあ〜”って思ったことがあります。

「情報化社会」と言われて、久しい世の中になりました。

ハウツー本はもちろん、インターネットでも情報は溢れています。

でも、”情報”や”知識”ってそのままでは何でも無いものだと。。。

知識はコーヒー豆のようだと、羽生さんはおっしゃるんですね。

”味”が出る、つまり”自分のものとして、活かす”ためには、二つのフェーズが必要だと。

① 豆を粉状にする。

② お湯を入れて、ドリップする。

豆の挽き方を間違えても、お湯の加減を間違えても、美味しいコーヒーは出来ない、と。

なるほどなあ、って。

「いくら知識があっても、良いコーチになれない」ってよく言いますが、これだと説明つきますよね。

これだけ情報が溢れていても、ベテランコーチ達が「最近は良いコーチがいない」って嘆くのも(個人的には寂しいですが)、こういうことなのかなあって。

豆がどんなに上等でも、挽き方が幼稚だったり、雑だったりしては、せっかくの味が台無しになる。

湯加減や分量が綿密で無ければ、美味しいコーヒーは出来ない。

そう考えたら、コーチって、やっぱり職人なんですかね〜。

同じコーヒー豆でも、違う味のコーヒーが出来るように、同じ知識を持っているコーチがいても、全く同じようにコーチをする人は二人といない。

なんだか、妙に納得してしまいました。

羽生さんって、言葉がすごくシンプルなのに、深いんですよね。

なんだか憧れるし、会ってみたい人です。

頑張ってビッグになったら会えるかな。