レッド・アワーバック③

1950年代~60年代にかけてボストン・セルティックスの黄金時代を築いたレッド・アワーバック・コーチ。初回は実績、前回は簡単なエピソードをご紹介しました。3回目となる今回はもう少し細かい「気遣い」の部分に迫っていきたいと思います。

前回もご紹介した通り、彼の目的は「常識や固定概念、または自分のプライドなどにもとらわれず、選手がベストを尽くせる手段だけをひたすら模索する」ことだったようです。

例えば、入団後しばらくしてから彼はビル・ラッセルに「練習をしなくて良い」自由を与えます。ビル・ラッセルは黒人選手で、当時のボストンでは彼をドラフトしたことを心よく思わない人が多くいたようです。遠征先のホテルでも地域によっては黒人は隔離されたり、レストランでサービスをしてもらえないなどと人種差別が公然と行われていた時代です。既にスター選手だったボブ・クージーなどが練習を続ける前で、彼はセットオフェンスの確認などが終わると、一人スタンドに行って「ティー・タイム」を楽しみながら、彼以外のチームメイトがスクリメージをするのを座ってお茶を飲みながら観ていた、というのです。これは当時の人種間の状況を考えても非常に問題の火種になりやすいことです。

ですが、これはラッセルから言い出したことではなく、アワーバックが提案したことらしいのです。当時、ラッセルはほぼフルゲーム出場、他の選手は多い選手でも30分出ている選手はいなかった、というのですから、他の選手の倍くらいのプレイタイムを持っていた訳です。理屈で言えば理にかなっています。ですが、当時の人種間の関係やラッセルは大学時代、優勝を経験していたのにも関わらずあまり高い評価を受けていなかったこと、また既に人気があった先輩のスター白人選手がたくさんいたことを考えると、これはかなりリスクの高い決断です。

アワーバックコーチのこの判断が全て正しい、ということではなく、この時代にこのようなことをして(実績も周りからの評価もまだ高くない黒人選手を、既に名声を得ている白人先輩選手よりも目に見えて優遇する)、なおかつチームとして成り立たせた手腕がすごい、と思うのです。アワーバックコーチに背を向ける選手ばかりでは、黄金時代など築けません。こういった対応を納得させるだけの説得力と普段からの選手への気遣いがあってこそ、成し得たことだと思うのです。

以前も書きましたが、”チーム”というと”平等”だとばかり思っていました。ですが、本当の”平等”とはその人個人個人の立場や実力、プレイタイムなどにあった物なのではないでしょうか?皆が同じことをする、ということではなく、皆が勝つために、個人が上手くなるために、必要なことをする、ということが、本当の”平等”であり、”チームワーク”なのではないか、と。

そんなことをレッド・アワーバック・コーチの話から考えさせられました。

この記事を書いた人

東頭 俊典

東頭 俊典

バスケットボールコーチ。 北海道出身。
現在はアースフレンズ東京Zヘッドコーチ